引き算で見つける

みなさんこんにちは。校長の高野です。

「自分が何をやりたいのか、まだよくわからなくて・・・」という声もよく聞きます。自分のやりたいことがはっきりわかるということはとても大切ですね。文字通り三度のメシより好きなこと、寝食を忘れて没頭できるものをもっている人は幸せです。だいたいプロの仕事というのは、そういうレベルでなければ成り立ちません。

それを探して行き当たるのがなかなか難しい。「あれもこれも手を出してみましたが、どれも中途半端で・・・」というお話もよく聞きます。何か自分に技術や知識をつけることによって、やりたいことが見えてくる・・・というのが多くの人がとっているアプローチですね。「足し算」のアプローチと言えるでしょう。それで勉強して資格をとったりしてみますが、どうもぴったり感がない。場合によっては「資格ビジネス」の罠につかまってしまいます。

そこで、「引き算」のアプローチはどうでしょう。つまり、自分がやりたくないこと、いやなこと、気が進まないことを、徹底してやめてみるということです。そうすると最後に残ったものが、自分がやりたいことかもしれません。あるいは、何もなくなってしまうかもしれません。それでOKですね。白紙の状態から世界全体を見渡して、気になるところに突っ込んでいけばよいのです。

「えっ、そんなこと言われたら明日から会社いくのやめちゃうよ・・・」というあなた。会社をやめてみましょう。毎日イヤイヤ会社に行って大事な時間とエネルギーをとられている間は、やりたいことを見つけるのは難しいですね。

もちろん、あなたが都会に暮らしているのなら、これはやめてください。明日から路頭に迷います。都会では食べるものの住むところも、オカネを払って購入しなければなりません。それでいきなりオカネが入らなくなったら生活に行き詰まってしまいます。

一方、いなかに住んでいるなら、こういう無茶ができるのです。いなかなら、大きな古民家に田畑と山がついて、月2万円という世界です。コメと野菜を自分でつくれば、食べるものに困りません。集落のおじさんおばさんができた野菜を持ってきてくれることもよくあります。裏山で木を伐って薪をつくれば、お風呂と冬の暖房はOKです。これだけあれば死にません。オカネを稼ぐためにイヤなことをイヤイヤやる必要はありません。イヤなことは徹底してやめてみましょう。

私は山口県のいなかで生まれ育ち、科学者になりたいと思って都会の大学に入学しました。ところが、うまく都会になじめませんでした。みごとに不適応ですね。私が一年生のときにとった授業の単位は1.5単位。まったく勉強する気がうせてしまいました。こんなところにはいられないと大学を離れ旅に出ました。いなかのユースホステルでヘルパーというのをやりながらあちこち転々としました。ヘルパーというのは、寝るところと食事は確保されます。朝食のお世話と掃除が終わって、夕食の準備がはじまるまで自由時間で好きなことができます。少ないですがお給金も出ます。それがある程度貯まったら旅に出て、オカネがなくなったらまた旅先のユースホステルでヘルパーとして使ってもらう・・・気楽なものです。そういう暮らしを2年ほどしました。その間、まったく勉強はしませんでした。読む本といえば文学ばかりでした。

でも不思議ですね。2年間まったく勉強しないでいたら、勉強したくなってきたのです。たまたまそういうタイミングで働いていたユースの経営者のお兄さんだったと思いますが、いっしょにお昼ごはんを食べているときに、ふと指をみると、でっかいこぶがあるのです。私はびっくりしてどうして?と聞くと、そのおじさんは、「自分は公務員をずっとやってきた、このこぶはペンだこで、その勲章だよ」と言うのです。今ではなんでもパソコンでやるのでペンだこはできませんが、当時はそういうものはありませんでしたので、書類はすべて手書きだったわけです。私は感心してしまいました。

ひるがえって、自分にとっての「ペンだこ」は何だろうか、と思ったわけです。やはり学問ではないかと。フツーの人がやらないことで、自分ができることといったら、ひたすら勉強することだろうと。そこからまた一波乱どころかいくつも波乱があった末ですが、私は大学に復学しました。つごう7年かかって学部を卒業し、大学院に進学して、これも紆余曲折ありましたが、大学の先生になって今に至るというわけです。私は学問的な議論なら丸一日でもやっていられます。小難しい内容の講義や研究発表などを聞いていてもまったく眠くなりません。これでも理系の学者ですので、数式をひねくりまわしたり、コンピュータのプログラムを書いたりするのには、それこそ寝食を忘れて没頭できます。まあ学者というのはオタクの元締めというか、「プロのオタク」ですね。こういうところが私の「ペンだこ」でしょうか。

自分にぴったりする働き方とは、自分のやりたいことと、周りから求められ、期待されることが一致するということだと思います。「周囲から期待される」というのはもう少し正確に言うと、「周囲から期待されるだろうと自分が期待すること」というべきかもしれません。周囲は何か実績がなければ期待しないので、これからやるということについて誰も期待してくれません。むしろ、「これは自分がやらなければ誰がやる」、「自分ほどこの仕事にふさわしいものはいない」という気持ちに自分がなる、ということではないでしょうか。そういうものが見つかるまで、ひたすら引き算の暮らしをしてみることをオススメします。そのためにミライの職業訓練校は、あなたが普段目をそむけて「自分をだましていること」を、無情にもはっきりと認識できるよう、よってたかってお手伝いします。

 

 

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